スタート。

目が覚めると、

真っ白な天井が見える。

 

目が覚めたとは言え、

これといってやることもなく、

これといって考えなくてはいけないこともないので、

目を閉じる。

部屋に光が差し込んでいるせいで、

目を閉じても、

見える世界はやっぱり真っ白であることに変わりはない。

 

そんな日々の中でも、

1日3回の食事は食べなくてはならない。

椅子に腰をおろすと、

真っ白な壁が見える。

背もたれに背中がくっつくことや、

お尻や腿の裏側が圧迫されることで、

この世界には重力が存在していて、

縦と横の関係性がしっかりあるということを、

再認識させられる。

今見えている真っ白は、

天井とは違う真っ白だ。

 

器に盛られた野菜やスープ、

脇に置かれた箸やコップを目にすると、

限られたいくつかの色が目に飛び込んできて、

まだまだ私の視力は正常だなと、

自分を確かめることができる。

私の毎日はそれの繰り返し。

 

その日はいつもより暑かった。

家の外を歩く人たちの、

「今日は温かいですね」

という会話がこちらまで届き、

この壁一枚で隔てられた向こうとこっちでは、

感じられる温度まで違うのか、

と疑問に思った。

 

珍しく私は、

外に出てみようと思った。

誰かがこの文章を読むかもしれないので、

「思った」と表現したけれど、

本当は、

「決意した」と表現した方が私の気持ちに近い。

それくらい、

外に出るということが久しぶりで、

努力のいる事だった。

 

この廊下も玄関も、

何度も通っているはずなのに、

何だか初めて来たところのようだ。

そして、

玄関のドアに手をかけて、

向こう側へと進んだ。

 

私は思わず倒れてしまいそうになった。

 

西側に傾きかけた太陽の光、

髪を揺らす程度の穏やかな風、

どこからともなく聴こえる鳥の鳴き声。

誰が一番目立つかを争うかのように咲き乱れる花壇や、

大きな木が創りだす刻一刻と変化する影のカタチ。

ついさっきまで、

真っ白な世界と、

時々見るお盆の上のいくつかの色合い、

縦と横の壁で隔てられた僅かな空間で、

私の世界は完結していたけれど、

どこまでも果てしなく続いているであろう世界に、

突然足を踏み入れてしまったせいで、

自分の居場所がなんだかよくわからなくなってしまったのだ。

 

それからどれくらいの時間、

そこで過ごしたかは覚えていない。

歩いて行ったのか、

誰かと一緒に行ったのか、

そのへんのこともはっきり覚えていないけれど、

しっかりと部屋に戻ってきていた。

そして再びベッドに横になった。

目の前には、

ところどころに埃の溜まった天井がひろがっていた。

私は思わず、

「ふっ」と鼻で笑ってしまった。

 

最後まで目を通していただきありがとうございます。

 

そして、

今日はなんて温かい1日なんだろう、

と私は口にしていた。